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あれから10年…

田舎日記  2021.03.11

2011年3月11日午後2時46分のこと、未曽有の大災害として記憶に新しい東日本大震災が発生しました。当日の同時刻、現在は新型コロナウィルス感染症の影響で休業している宮田観光ホテル松雲閣で仕事の打合せをしていましたが、大きな横揺れが数分間続いたことを今でも覚えています。その時には『いつもの地震か…』程度に高をくくっていましたが、その後のテレビ報道等でマグニチュード9.0のすごい地震であることが判明しました。その当日は、長男は東京の大学に通っていて春休みで宮田村に帰省後に千葉県習志野市のアパートに戻るというまさにその日で、2時30分新宿駅着のバスだったと覚えています。そして様子を聞こうと携帯に電話しても携帯はつながらず…。連絡がついたのは夜の10時頃だったように記憶しています。その時の状況は新宿駅東口で震災が発生したために千葉県習志野市には戻れず、友人の住む杉並まで歩いていったとのことでした。まさに“帰宅難民”というやつですね。そして私自身は、翌日は友人の結婚披露宴出席のため空路中国大連へ…。中国のテレビ局はすべてのチャンネルが津波の映像を流していましたので、皮肉にも中国で災害の様子を知ることとなりました。そして披露宴終了後は観光をすることもなく、とんぼ返りで日本に戻ってきました。あれから10年…死者は1万5900人、いまだに行方不明の方が2525人でその範囲は12都道県に及ぶそうです。あらためて被災された方々には心からお見舞い申し上げますとともに、犠牲になられた方々には謹んで哀悼の意を表したいと思います。さて話は変わりますが、復興のシンボルとして取り上げられる陸前高田市の高田松原津波復興記念公園内の“奇跡の一本松”ですが、芯のカーボンは宮田村に本社を置く㈱信濃工業様が製作したもので、村内に住むものとしていつも誇りに思っています。この一本松のように被災関係者の皆様には『頑張ってください』とお伝えしたいことと同時に、一刻も早い復興を願うものです。

 

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